究極の精神論「留学生に捧ぐ」

Written by : Masafumi Kokubo

■プロローグ
「留学」という期間は、当然君たちの人生の中で有意義なものである。それと同時に「大学生」という期間も同じ位有意義なものである。そしてこれらを通じて経験した事、出会った人、所属した組織、というものは少なからず、君たちの人生に影響を与える。しかし、君たちは、この「今」という瞬間の大事さを的確に把握しているであろうか?今回は、君たちのOB(UI,社会人両方)として、「留学生に捧ぐ」と題し、メッセージを綴りたい。
 まず最初に断っておくが、私は人に文句を言うのは好きなほうではない。むしろ、冗談でも言って、適当にその場を流せればいいと思うことも多い。しかし、利害関係が入れば別だ。私もUIに所属した以上、君たちと同じグループで括られる。そのグループの構成員にはがんばっていい人生を送ってほしいから、心を鬼にして、所謂、説教をたれるのである。

■競争心
 残念ながら、多くの読者が属する年代は、少子化時代の年代である。絶対数が少ない以上、あらゆる競争も比較的緩やかだ。私の年代は、第二次ベビーブームの真っ盛り。特に私が生まれた年は、最もその人口は多い。従って何もかもが競争であった。
 例えば、幼稚園・保育園に入るのだって大変だった(むしろ親がやったことだが)。何せ、数に見合う施設が存在しなかったのだ。そのような感じだから、何の競争も熾烈である。例えば、私は、高校時アメフト、大学時ラクロスと体育会畑を歩んできた。部員も多いため、レギュラーになるのも一苦労だ。当然他校も同様の環境にある。そして、選ばれたもの同志が戦うのだから、当然レベルが高い。また、大学受験然り。一説に言われているところでは、私の年代で日東駒専に行った者は、君たちの年代では、法政・明治くらいの実力があるという。我々の年代から比べれば、いかに君たちは簡単な競争しか経験しかしていないか分かるであろう。
 人間、自分で好き好んで自分の生まれる年代を決めることは不可能だ。生まれ持っての競争力の欠如は致し方ない。また、競争は絶対したくないと思う人も多いだろう。しかし、この資本主義の世の中は、競争で成り立っている。君たちが社会に出たら、我々の世代の人間たちと張り合っていかなければいけないのだ。そこで生きていくためには、今まで以上の競争力をつけなければ、淘汰されてしまう。幸いな事に、君たちは今、アメリカにいる。自由競争の国だ。大変かもしれないが、是非ここで競争とは何たるかを体験し、勝負のこつを掴んでほしい。

■組織
 読者の中には、所属する組織が自分の人生に対し、いかに多くの影響力を持っているか、すでに理解しているものも多いと思う。私の人生も、その通り。今まで出会ってきた人間に影響されながらここまで来た。私も今までの人生の中、多くの人と巡り合い、切磋琢磨し、選び選ばれて自分の好きな組織を形成してきた。私がここで問いたいのは、その組織の質である。組織が人生に影響力を持っている以上、その組織の質が良くなければいけない。質が悪ければ、ただの悪影響だ。例えば、ネガティブな組織。ネガティブな組織は、常に他人をねたみ、人の影口を言うことで満足している。確かに、他人の悪口は、時に楽しいこともあるし、統制が取れない組織に団結力を生み出すこともある。しかし、私から言わせれば、そんなものは、ただの傷の舐めあいだ。ネガティブな組織には、他人を蹴落とすという悲惨な末路しか残っていない。
 それでは、何がポジティブな組織であるのか?それはお互いに切磋琢磨し、好影響をお互いに与えられる組織の事だ。時には、その組織のために、自分を犠牲にしなければいけない事も出てくる。しかし、自分を犠牲にした事で組織が向上するのなら、自分にも利益が来るのではないか?私が所属した組織は、全てポジティブな組織だ。そしてそこで作られた人間関係というものは、岩よりも硬い。

■一生懸命やるということ
 私はしばし君たちの年代から、覇気という物を感じないことがある。確かに軽く物を流すことはクールかもしれない。しかし、人間いつかは真剣勝負をしなければいけないし、避けては通れない。君たちは臨戦態勢にあるのだろうか?
 物事に真剣に取り組むこと、一生懸命やるということは、私の人生のモットーでもある。なぜこのことが大切なのか?それはそうする事が、自分が立てた目的達成への一番の近道であるからだ。時には失敗することもある。しかし、真剣に物事と対峙すれば、自然と失敗の理由が明確化され、修正できたり、次には失敗しなくなる。また、成功すれば、それは自分の中での「勝利の方程式」となる。私は、勉強にも、仕事にも、遊びにも、スポーツにも、恋愛にも真剣に取り組んできた。失敗したことも多かったが、最終的には、何もかも勝者となりえた。

■「今」何をすべきか?
 正直に言って、私も「今何をすべきか?」と自問したことがある。経験から言えば、大概そういう時は、前記2の組織に問題があるか、前記3の真剣に物事に取り組んでない時である。この2点がクリアできれば、自然と「今何をすべきか」は明確となる。
 もう12年も前のことになるが、私は大学一年生の頃、体育会を休部しアメリカ放浪の旅に出た。そして帰国直前に、「残りの大学生活何をしたらいいんだろう?」という疑問にぶち当たった。そのときの選択肢は二つに絞られた。一つは、勉強をすること、もう一つは運動することである。最終的には後者を選んだ。「自分の人生の中で、命をかけて運動を出来るのはこの期間しかない」「勉強はいつでもできる」という考えからだ。結論として、私は日本の最高学府の法学部で学んでおきながら、高名な教授の考え方などに触れる機会は少なかった。しかし、全く後悔はしていない。運動を通して得られた経験は、その後の自分の人生にとって大きな武器となったからだ。また、情けない話かもしれないが、私は自分の留学キャリアをALCPからスタートさせている。出国直前まで、仕事とラクロスにがっぷり四つで取り組んでいたからだ。今でも、多少の語学ハンディを感じることはあるが、何も後悔はしていない。というのも、その時自分が出したラクロスの成績は永遠に日本ラクロス史に残るものであるし、私が手がけてきた仕事は、世界の誰にも負けない仕事であるからだ。


Last Update : 2002/10/11

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