「洗練」されるということ

Written by : Masafumi Kokubo

■プロローグ
 先日、仲の良い友人を招き、自宅でパーティーを行なった。その時、パメラという女性が私に向かって、私の英語はとても洗練されてきた、と言ってきた。お世辞にも私の英語はカッコいいとは言えない。発音だって未だに苦労するものも多々存在する。そういう状況を自分自身実感しているので、「そんな事はないと思う。俺より英語が上手い留学生は五萬といるし、未だに英語で苦労する事もあるよ。」と答えた。しかし、パメラのポイントは私が考えていた事とは違っていた。「私は、あなたの英語が上手い下手という事を問題にしているのではない。あなたの英語がとても洗練された人を感じさせる響きを持っている、という事を言いたい。例を挙げるなら、政治家や大学の教授といったような。。。」このパメラの言葉を聞き、初めて私は「なるほど」と思ったのだ。

■「洗練」
 アメリカの留学生活を描写した小説などを読むと、しばし「彼はハーヴァード出らしく、非常に洗練されたヴォキャブラリーを使っている」などというフレーズに出くわす。そして、「洗練」を行なう機関として、ハーヴァードなどのアイビーリーグ、スタンフォードやUCLAといった名門校、私が現在行なっているMBAなどが挙げられる。
 私も以前は「洗練」という言葉を意識していたかもしれない。しかしながら、MBA学生を始め、月日が経過し、MBA学生でいる事が当たり前に感じられるようになって来た頃から、この「洗練」というワードは記憶の片隅に追いやられていた。

■MBAでの苦悩がもたらした「洗練」
○第一章 〜Drake MBA〜
 私が在籍するDrake UniversityのMBAプログラムは、全米でとても高い評価を受けている。特に、パートタイムMBAとしては全米でもトップ10に入る評価を受けている。もっとも、パートタイム学生が9割以上を占め、授業はパートタイム、フルタイムの区別無く行なわれるため、フルタイム学生だからといってトップ10に入る実力は持ち合わせていない、という訳では全くない。
 当校がここまでの評価を得るに至っているのも、当プログラムが頑なまでに固執しているポリシーがある。それは、「少人数制」である。平均してクラスの人数は15人程度。少ない時は当然10人を下回るし、多くてもまず30人に到達する事はない。このような環境の下、授業はよりカジュアルに、フレキシブルに行なわれる。当然発言やディスカッションが重要視される。
 Drake MBAで 最初に履修した授業はインフォメーション・システムズであった。この授業の担当教授は、学生の間でも“ミスター・コールド”の異名をとるドクター・フェラーズ。ミスターコールドは、授業開始と同時に学生を3,4人のチームにアサインした。そして、チーム内でまず自己紹介し、それから、10前と比較し、我々を取り巻く環境がどのように変わったか、変わらないものは何かディスカッションせよ、との課題を出した。そして、そのディスカッションの内容は評価されると彼は最後に付け足した。 私はある程度は覚悟していたものの「マジかよ」という思いで一杯になった。今までの仕事上でも感じた事のない焦燥感。全身が硬直していくのが感じ取られた。
 その日、アパートに戻ると、どっと疲れが出たように感じた。入浴し、湯船の中で、「さすがにDrakeのMBAだな」という感慨にふけっていた。しかし、その感慨が今までの人生で経験した事もない焦燥感に変わるのにそう時間はかからなかった。

○第二章 〜Trial & Errors〜
 最初のセメスターで履修した科目は、先述したインフォメーション・システムズのほか、マーケティングとビジネス・ローのクラス。どれも、インフォメーション・システムズのクラスのように進められた。
 それぞれの授業が始まり数週間もすると、自分の英語力について懐疑的になるようになってきた。「このままで授業についていけるだろうか?」「他の学生は私をどう見ているのだろう?」と。他のアメリカ人学生も最初は緊張していたと見え、あまり強烈な自己主張とかが無かったのだが、1月も経てば皆慣れてくる。また、当然の事ながら留学生も多々いる。しかし彼らはほとんどがその母国で英語を公用語としている国から来ていたり、英語で教育を受けてきた者達ばかりだ。そのような中、私一人が置いていかれているように感じた。
 私はこのような状況を打開すべく行動に移っていった。まず手っ取り早く考えられるのが英語の専門家達への相談や情報の収集。これはESLのの担当教官への相談といったものから、英語のエキスパートが運営するWebサイトの研究など多岐にわたった。また前述のパメラなどにも相談した。
 ESLの先生からは手短に言えば、ESLを受講する事を勧められた。私の観点では、ESLは英語初心者には良いが、私のようにある程度出来る人間には向いていないと思う。その事を先生に伝えたのだが、彼らの視点では本を勧めたりするのが限界のようだった。
 Webサイトも今から考えれば興味深い情報が織り込まれていた。例えばあるサイトでは音読を推奨していた。また極端なものになると「英語は5,000時間集中して勉強して初めて1回目のブレークスルーを体験する。個人的には20,000時間集中して行なってほしい云々。」というのまであった。しかし、結論としてはどれも参考にはなるが私のニーズにマッチしているものは見当たらなかった。
 パメラは、私になかなか良い回答をくれたと思っている。彼女曰く「私にはどうする事も出来ない」。彼女が意図する所は、私のレヴェルまで来ていると、もう私でしか答えが導けないとのことだった。
 従って私は自分自身で打開策を模索する事にした。

○第三章 〜Implementation〜
 私は一つのユニークな哲学を持っている。それは「だれも私に教える事は出来ない。私に教える事が出来るのは、私のみだ」というものである。この考えに読者が同意するか反対するかという事はここでは問題ではない。私が言いたいのは、自分が窮地に追い込まれた事により、私がこの自分の大原則とでも言うべき哲学を完全に見失っていたことだ(余談ではあるが、MBAで行なわれている全ての科目に、私はこの考えを適用している。簡単に言えば、自分自身で理解する事。自分自身で理解できないものは、他人の援助があっても本心から理解する事は、個人的に不可能だと思っている)。そういうことも手伝い、私は自分でトレーニングプログラムを組み、昨年の10月中旬より授業のない日で1日2時間〜5時間、授業のある日でも最低1時間のトレ−ニングを続けた。ターゲットは、いかに周りから理解される英語を使えるようになるかという事である。
 この過程において学ぶ事も多かった。例えば、通常英語が相手に理解してもらえない時、発音のまずさに原因があるとか考えてしまいがちである。しかし発音は2の次であって、正しい言い回し、文法、呼吸法などの方がもっと深刻な課題なのだ(よく、かなり若い頃からアメリカに来ていてネイティブ・ライクに話す日本人を見かけるが、そのような人でも私が上述した事をできていない人(=例えば文法がめちゃくちゃ)の英語ほど聞き手にとって聞きづらい英語はないそうだ)。他の例では、適切な言い回しも使いこなせないと、状況によっては相手にすらしてもらえない時もある。仮に、あなたがとあるプロジェクト(クラスでも可)でチームに割り当てられたとしよう。その時、あなたは何かしらの提案を周りの人にしたい。あなたに発言の機会が与えられた。まずなんと言う?ここでI have a suggestion 〜とかI suggest that 〜と答えてしまった人は、周りの人達がこういう状況でなんと切り出すか観察してみよう。
 また、この過程でかけがえのない出会いもあった。日本を代表する高名な2人の通訳の先生とお近づきになれたのだ。彼らは私の考えやアプローチに大変関心を示し、全面的なバックアップを約束してくれたのだ。先生方との関係は今でも続いている。
(注)残念ながら、ここで先生方の名前を公表する事も先生方の考えを発表する事も、出来ない。それは・先生方から名前使用の許諾を取付けていない、・先生方の考えをここで発表するには紙面が足りなさ過ぎる、などの理由からである。また、似たような理由から、私が具体的にどの様にトレーニングしているかという事も公表を控えさせていただきたい。後味が悪いのは承知であるが、何卒ご理解賜りたい。

○終章 〜Glory〜
 2002年12月10日。ミスター・コールドの授業で課題となっていたプレゼンテーションが行なわれた(詳細に関しては、2002年12月10日の日記参照)。私のプレゼンが終わると、自然とスタンディングオベーションが起き、次々とクラスメイトが賛辞の言葉を投げかけた。この日より、私は更に英語トレーニングに励んだ。周りからも全般的に信頼され、翌セメスターでは、プレゼンテーション中にジョークを交えるなど粋な計らいまで出来るゆとりが出来た。
 
 今振り返ってみれば、Drake MBAという環境を通し、私の英語が磨かれたと言わざるを得ない。このプログラムに進み、自分の現状と直面し、それを打開するために行動に移る。これら一つ一つを取ってみても、いかにMBAという環境が、それに見合った学生を要求するか、また、それに見合わない学生をいかに教育していくかという事が汲んで取れる。
 おそらく、このエッセイの読者の多くが留学希望者、留学生などと思われる。君達がアメリカで直面する課題は、君達を「洗練」するための一つの試練と思っていいと思う。私の場合は、それが英語を使用してのコミュニケーションという形で表れたが、人によっては、それが学問であったり、何か特殊なスキルであったり、人間関係であったりすると思う。これらの試練を乗り越えるには、想像を絶する労力を要するかもしれない。また、いくら行動に移したとはいえ、結果はすぐに出ないかもしれないし、結果が必ずついて来るという保証もない。
 これらを乗り越えるためには、やはり課題に取り組む自分自身の姿勢が重要だと思う。「これは無理だ」で終わってしまっては、せっかく君が洗練されるチャンスを与えられているのに、みすみすそのサインを見逃してしまっているのと同じだ。私は、己の持てる全知全能をかけ、このような課題に取り組めば、自ずと結果はついてくるような気がする。もし結果が出なくても、その経験は君の人生にとって大きなアドヴァンテージになると信じている。

■エピローグ
 私が理解した事を汲んでか、パメラは「やっぱり私の思った通りだ。あなたの入学願書を通過させた私の目は間違っていなかった。」と言った。パメラは教育学の博士課程に在籍する傍ら、大学のアドミッション・オフィスで働き、主に大学院を目指す留学生の玄関口となるタスクを担っている。また、彼女は以前日本に5年もいたこともあり、私の入学願書を見たときから、私の事を気にかけていたと言う。
 パメラが帰るというので、私は彼女を車まで見送りに行った。ワーゲンの鈍いエンジン音が暗闇に響く。パメラは窓を開け、私にさよならを言った。私は "Hey Pam, this is a just beginning, you know?" と言った。彼女は微笑み、夜のダウンタウンに向けワーゲンを発進させた。その先で、アイオワ・カブスの勝利を告げる花火が夜空に舞っていた。


Last Update : 2003/11/05

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