日米大学比較(先生編)

Written by : Shotaro Watanabe

 アメリカの大学において、プロフェッサーというのは責任ある大変な職業だと思う。学生がきっちり準備をして授業に臨んでくるので、そんな彼らに対応できるよう自分達も支度をしなければいけないからだ。別に日本の教授たちをアレコレ言うつもりはないが、日本とアメリカで学生も違うなら先生も大きく違う。学生は先生の映し鏡。日本の大学で眠たそうな顔をしている学生が多いとすれば、それは寝ぼけた顔で教壇に立つ先生が映し出された姿だろう。

 「単位数の3倍の時間を一週間の勉強に費やせ」アカデミックアドバイザーから言われた言葉を今でもよく覚えている。3単位のクラスを取っているのなら、その教科に一週間で9時間を費やせという意味。そして「教える側も同じ時間だけ準備している」、普段は数クラスで教鞭を振るうアドバイザーはそう続けた。学生達に偉そうな事を喋りながら、それだけ同じ時間を自分も授業の支度に費やしているのだ、と。

 一方的に学生が評価を下される日本と違い、アメリカでは必ず学期ごとに学生達が授業を履修している先生の評価をする。大学側はその結果を十分に吟味しつつ、次の学期の編成に役立てるのだ。はっきり言ってしまうと、学生からの評判が悪い先生は容赦なくクビになる可能性がある。学生の扱われ方がシビアならば、先生の扱われ方も同様にシビアだ。

 決められたクラスの時間を充実させるには、授業の計画をしっかり立てなければいけない。科目に対する学生の理解を深める為に、先生も必死で準備をして教室に足を運ぶ。少ない時間に出来る限りのモノを詰め込む事を美徳とするアメリカ社会。学生側も与えられた時間内で出来る限り知識を吸収しようと大いに努める。教室の雰囲気はフランクでも、その裏には面と向かって対峙している同士で、見えない努力が積まれているのだ。


Last Update : 2002/10/01

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