日米大学比較(学生気質編)

Written by : Shotaro Watanabe

 集団主義の日本に対して個人主義のアメリカ。アメリカに来る前に僕が感じていた大まかな国民性の違いだが、こちらに来てからアメリカの教室ではグループワークが意外に多い事に驚かされた。振り返って考えると、集団主義を好むと言われている日本国内で大学生活を送っている時には、他の学生達とチームを組んで課題に当たる事が皆無に等しかった。クラス内に限って言えば、個人主義の日本と集団主義のアメリカと言っても通じるかもしれない。

 アメリカの学生、と言うよりアメリカ人全般は、日本人に比べて個人主義的な傾向が確かに強い。それは自分から動かなければ何も得られない、というアメリカ社会の一面だろう。誰も進んでチャンスを与えてはくれないので、自分から求め続けなければいけない。言いたい事を言わないと、最終的にはそのツケが自分自身に帰ってくる事になるのだ。

 以前、授業中に一人のアメリカ人学生が説教じみた事を言い出した時があった。彼は自分を信じて疑わない。周りの学生が彼に反論するも、その声は一向に彼に届かない。どう考えても彼の意見には偏見があると僕も思ったが、他の学生と同様に反論するのを諦めて黙って独演会を聞く事になった。怒鳴り続けて疲れた彼は、しばらくしてようやく収まった。クラスは平常に戻って修了。確かに白熱した授業内容だったのかもしれない。でも彼の身勝手で授業が停滞してしまったのもまた事実。僕はそう感じた。

 「天上天下唯我独尊」的、彼のような人格はアメリカ人にも稀だ。それでも個人主義の衝突で、物事がうまく回らない場面があるのはアメリカ人も認めるところ。その欠点を補う学習の一環として、クラスではグループワークが多いのかもしれない。個人主義の悪い側面に気付き、彼らは集団を通してその重要性を理解しようと努めているのだろう。能率的なチームワークを築くことがいかに大切かは、アメリカが80年代に日本から得た経験的学習だ。

 ちなみに独演会をした彼は、しばらくして全員にメールで謝罪してきた。自分がクラスでしたわがままを、学んできた集団主義に照らし合わせた結果、彼もまた何かを感じたのかもしれない。


Last Update : 2002/10/01

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